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町長日記2018年1月24日(文化同好連絡協議会新春の集いに出席と千葉県オリンピック担当部長に面会と麻生太郎財務大臣を往訪)

   今日は、昼間に文化同好連絡協議会の皆さまの新年会に伺いました。お昼からの開始です。文化同好会の皆さまには、特に芸能と音楽をたのしむ会、そして総合文化祭と、秋のイベントで大変お世話になっております。中でも、寿扇会の皆さんには、地区社協の敬老会などでもお世話になっております。ご挨拶では、まずこうしたことについて御礼を申し上げました。

 前に、文化同好連絡協議会の総会のときの町長日記にも記しましたが、今年は、一宮町文化協会として更に組織を強化するそうです。また、文化財や歴史の方面にも、これまで以上に関わって頂けるということです。わたくしとしては、大変期待をいたしております。

 食事会の最中に、寿扇先生の舞いが披露されました。宮津節を踊られました。これは「二度と行こまい丹後宮津 縞の財布が空になる~丹後宮津でピンとだした」と唄う、面白い歌詞の民謡です。江戸時代の日本海には、東西に運行するいわゆる北前船が盛んに往来し、天橋立に接する丹後の宮津も代表的な集散拠点の港町として大変栄えたわけです。ここは、江戸時代初期に京極家七万石の城下として築かれた町だそうですが、新浜という遊郭があり、遊興の士であふれたといいます。この宮津節の歌詞は、その宮津の消費地としての繁栄振りを歌ったものですが、寿扇先生の舞いがその雰囲気にぴったりで、粋な情緒にあふれていました。

 午後、千葉県庁に伺い、石川オリンピック担当部長ほかの皆さんとお目にかかりました。オリンピックに関連しての、一宮町へのサポートについてお話しするために伺ったものです。これまでの協議を踏まえて大変力強いごお言葉を頂き、嬉しく存じた次第です。

 その後、東京へ向かって、麻生太郎財務大臣にお目にかかりました。これは、今月3日の同窓会で会ったもと元財務省の友人のお世話でお目にかかることになったものです。池田君は、森英介先生とも前からお付き合いがあるということでした。そして、「森先生は、麻生財務大臣のグループの大番頭でいらっしゃる。森先生に伺って、『今回は池田に頼もう』と仰ったら、僕がつなごう。まずは森先生のご意向を確かめてほしい」ということでしたので、4日の賀詞交歓会で森先生に伺ったところ、先生は、「今回は是非池田君に頼んだらよろしいでしょう。わたくしもサポートしますよ」と仰ってくださいました。そこで、改めて池田君を通じて、池田君の後輩の主計官前田さんに頼み、財務大臣にお目にかかるに至ったものです。前田さんも、わたくしの中学高校の後輩であるということでした。

 財務省でまず前田主計官にお目にかかり、財務大臣室までご案内頂きました。財務大臣室は大変広く、麻生財務大臣は、ご公務のあとで大変お疲れでいらっしゃったと思いますが、暖かくわたくしどもを迎えてくださり、大変熱心に話を聴いてくださいました。前日に、森先生から、「今日は麻生大臣にお目にかかるので、その折によくお願いしておきましょう」とのメールを頂戴しておりましたので、麻生大臣の暖かいご対応は、森先生がわたくしどもについて重々お話しくださったその賜物であろうかと思っています。

 わたくしからは、ふたつのことをお願いいたしました。まずひとつめは、加納久宜公没後100周年記念事業を来年(平成31年)の5月12日に行うので、是非ともご臨席を賜りたいということを申し上げました。加納公は、麻生大臣の曾祖父に当られる方です。大臣は、例年この頃は外遊が多いのだが、来年はG20が日本であるので、日本にいる時間が多いかもしれない。ただ、今はちょっと予定がわからない、と仰っておられました。日程をご検討頂けるだけでも、大変嬉しく存じました。

   もうひとつは、オリンピックで、会場外でイベントなど自治体が主体で催しをする必要があると考えていることについて、イギリスロンドン五輪での経験を語って下さった方のお話をふまえると、政府の財政援助がだいぶあったということで、わたくしども一宮町もそのひそみにならって援助をお願い申し上げたい、ということをお話しいたしました。財務大臣は、オリンピックは東京都が受けた大会だから本来東京都にお願いすべきところだが、まずは組織委員会とよく相談しなさい、と仰ってくださいました。

   そして、会場の釣ヶ崎から一宮海岸まで地図をご覧になって、保安林の使い方などについてご質問をくださいました。最後に、長生トマトと稲花のお酒を奉呈して、記念写真をお願いして退出いたしました。大臣は終始上機嫌でいらっしゃり、わたくしどももお話しを差し上げるのが楽しく、充実した陳情となりました。

   ただ、ひとつだけ、失敗しました。随行した秘書広報課長、オリンピック推進課長も、麻生大臣と一緒に写真を撮影できるようにして差し上げるべきでしたが、迂闊にもそれを言い出すことを失念しました。おふたりに、申しわけなかったと思っています。