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町長日記 4月29日(お田植え祭とさすが市と同窓会)

【お田植え祭】

 

「お田植え」の幡ひるがえり 薫風の中 早乙女ら足早にゆく

 

 輝くような午前の光の中、玉前神社本殿での神事を終えると、神官・雅楽部・奉仕の氏子の方々・五人の早乙女、そして私どもで行列を組み、神社から町に出て、神饌田に向かいました。商店街を通る際、皆さん店から出てきて行列に声をかけて下さいました。またALTのジョセフ・シムラダク先生も道端におられたので、「Don’t you join us?」と聞いたら、「Yes!!」と答えて一緒についてきて下さいました。私は、奉仕の氏子の方々の水干姿の優美さにまず感激しましたし、早乙女の娘さん方の凛々しい姿も素敵でした。加藤総代長が、「こうした伝統の行事を続けてゆくのは、無償の作業だし、大変なんですよ」と仰っておられましたが、皆さまの心意気によってこうした行事が維持されていることに、大変胸が熱くなりました。今回は見物客ではなくて、行列の一人として参加できたことも、神社と私の距離を縮められたということで、嬉しさを倍加してくれる要因でした。いつまでもこうした行事が続くように強く強く願っています。また、町長として参加するについては、江戸時代に武門が行政の代表であった故事を踏まえて、洋服よりは、裃・袴姿がふさわしいと思いましたので、揃えたいと思います。

 神饌田での神事と早乙女の田植えを終えると、11時半を過ぎていたと思います。輝かしく若々しい、素晴らしいお田植え祭でした。

 

【さすが市】

午後は、さすが市へ参りました。19回目ということで、10年目に入ったそうです。いつもながら、色々な露天が出ており、販売・展示が行われておりました。天気がよかったので、人出も順調に伸びておりました。

 私が面白く思ったのは、お茶のコーナーです。一宮商業高校の学生さんがなさっているお抹茶のご接待と、日本礼道小笠原流の方々によるお煎茶のご接待が、隣合わせにお店を出しておられました。わたくしは両方でお茶を頂きましたが、お抹茶は、実は宋代のお茶の飲み方を、日本人の禅僧が中国に留学して伝えたものが源流となっているものです。そしてお煎茶は、江戸時代以降に長崎へ来た中国人によって伝えられた明清時代のお茶の飲み方を源流とするものです。このことを合わせて考えると、大変面白いことがわかります。つまり、①お茶は日本文化だとされがちですが、実は中国文化の系譜を引くものであること、②そして日本にはその中国文化が何度も波状に流入して影響を与えてきたこと、③それを日本では平行して維持保存してきて相互に無縁の別物と考えていること、などです。こうした形から、日本人の外国文化との距離のとり方の特徴などがわかります。

 さて、さすが市の出し物に、大正大学のジャグリングのクラブの方が見えていました。総勢50人もの大部隊だそうですが、その中でえりすぐりの五人が来て下さったそうです。皆さんたいした腕前で、各種ジャグリングの腕の見事さに皆さんの喝采を博しておられました。2010年にわたくしが家族とボストンにいたとき、クインシーマーケットという観光スポットがあり、何度か出かけましたが、そこにもこうした大道芸の名人が超絶技芸を披露して、観衆を驚嘆させていました。そのときのことを思い出して、イベントにはジャグリングなど、誰もが見てその場で楽しめる曲芸的出し物が是非必要だと思った次第です。

 

【同窓会に出席】

 また、夜は私の中学・高校時代の同学年の仲間と「もりた」さんで宴会を開きました。これは、毎年同学年の仲間が集まってゴルフコンペをしていた流れで、私が一宮町長となったことから、一宮カントリークラブでコンペを行い、その後の懇親会を一宮で行うことになったものです。ゴルフ場からやってきた仲間が15名、宴会だけのために東京方面から来てくれた者が2名、そしてわたくしの総勢18名での宴会となりました。地魚と「もりた」さん自慢の郷土料理を堪能致しました。夜は友人たちは松涛軒と一宮館に分かれて投宿しました。

 みな、聞いてみると大変出世していてびっくりいたしましたが、まもなく定年で第二の人生に進みます。友人の中には今後も長く働くために新しく資格を取ったもの、或いはテナント料で暮らせるように住宅資産の増強につとめたもの、など様々なアプローチが見られました。私としては、友人たちがこれからの人生で、一宮になんらかの形で関わってもらえれば最高に嬉しい限りです。

話の中で一番面白かったのは、誰の成績がドンケツだったかという話で盛り上がっていたことです。何人かの友人が、俺がビリだったはず、いや俺だったはず、とエピソードを含めて如何に苦労したかの話を面白おかしく語り合っていました。実際には今は功成り名を遂げている人びとなので、今ひとつ説得力がありませんでしたが、もし本当なら、今少々元気のない若い人にも、人生というものはそう簡単に決着のつくものではないから、未来に希望をもって進むべし、と自信を持って語ることができるようになります。

 友人たちは、一宮カントリーも一宮町も気に入ってくれたようで、今秋の恒例コンペも、また一宮カントリー、今度は西コースでやろう、ということでした。友人たちがこれを契機に何度も一宮を訪れてくれれば、まことにありがたいことです。