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一宮ゆかりの人々その6−北沢楽天ー


一宮ゆかりの人々その6−北沢楽天ー

一宮の寓居で,一宮川の洪水にあった人に北沢楽天がいる。漫画の先駆者で,明治9年,大宮の由緒ある家に生まれた楽天(本名保次)は,東京麹町永田町の大幸館で絵画の勉強をした。24歳の時,福沢諭吉に認められ,時事新報の漫画部を担当して,同紙上に国際政治から子供向けまで,広い範囲にわたる漫画をかいた。

楽天は,これまでの戯絵ポンチ絵という言葉に代わって漫画という言葉を使い始め,日本の近代漫画の基礎を築いた人である。

楽天は,大正初期に宮原地区の一宮川のすぐ近くに在住していた。大正5年7月30日,洪水に見舞われ大変な目にあった。北沢別荘(現大野別荘)の西側の堤防が約30メートルにわたり決壊した。2階に避難した家族を消防団員がやっとのことで救助したという記録がある。別荘の近くに当時の洪水について記した1.5メートル程の『祈念碑』がある。

楽天は門扉に『神威顕現』と題し,水魔克服の鎮守の神を描いて南宮神社に奉納した他に,丸島政吉方に休まれ,世話になったので,めでたい掛け軸をお礼に寄贈したと聞く。楽天は,昭和30年に死去。79歳であった。作品等は大宮市の漫画会館に納められている。『一宮川の清流をおのが心のたてとして・・・』(一宮小の旧校歌)と歌われた一宮川も徐々に流域の開発が進み,河川汚染,豪雨災害次第に拡大した。護岸工事,川をきれいにする運動等,町として最大限の頑張りを見せているが,なかなか追いつかない。

平成8年9月22日の水害を機に『激特事業』を推進。事業費165億円,12年度末までに堤防高上げ,河道掘削,橋梁改築,調整池築造等平成大改修が実行されている。

町民,全流域住民がこぞってその完成を願っている。

郷土史研究会長谷川英美