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町長日記2018年7月8日(八坂神社の祭礼に参加)

   今日は一日、東浪見の大村にある八坂神社の祭礼に参加し、朝8時の宮出しから夕方6時の宮入まで、お神輿に随行させて頂きました。何度も担がせて頂きましたが、自分としては、おみこしを担ぐことにも、大分慣れてきたように思います。

 大村から出ると、おみこしは東浪見小学校から東浪見海岸へ出て、浜辺をたどって釣ヶ崎海岸までゆきます。ここのところは、輿夫と書いて「ぎふ」と読む各部落から選抜された担ぎ役の若い人たちが主に担ぎます。(ぎふというのは、おそらく「義夫」という言葉なのだろうと、わたくしは想像しています。それが、輿を担ぐ人という意味の「輿夫」の訓みに移行したのではないでしょうか。)

 釣ヶ崎では、千葉オープンと言うサーフィン大会が行われていました。その前を通って、鳥居をくぐり、釣の部落へ向かいました。釣の石川守さんが、「天王様の祭のときは、例年サーフィン大会はやらないはずだったのに、どうして今年はやってるんだ」と異論を提起しておられました。昨年は、特別な事情で、千葉県知事杯サーフィン大会が開催されけれど、これは全くの特例で、本来お祭当日はサーフィン大会は無かったはずだ、というわけです。町では、いつ海岸を使います、という届けを出してもらうだけで、実は、許可不許可の権限はないのです。日程調整は、主にサーフィン業組合のほうで行っているのです。ただ、町でも今後、開催期日に気をつけて、もし祭と重なりそうであったら、サーフィン業組合や大会開催者、そして釣地区の関係者の皆さまにお知らせして、調整を図って頂くようにお手伝いする、ということにしようと思います。

 わたくしは、妻が出してくれた地下足袋が、実は息子のもので、若干小さく、きつくて痛くて、靴擦れができてしまいました。そこで、釣の集会所まで自分のやつを持ってきてもらい、履き替えてその後に備えました。靴擦れはさいわい、大きなまめができたものの、破れなかったので、大きな差支えにはなりませんでした。

 釣から枇杷畑へ向かうところから、部落の方々が中心に担ぐことになります。そうすると人が少なくなるので、わたくしも担がせて頂きました。旧志田商店のところで休んだときにいただいたスイカが甘くて、大変美味しく感じました。

 枇杷畑の集会所では、かつおの接待があります。この接待が各集落特徴があって、素敵です。かつおの刺身は人気があって、すぐなくなってしまいます。枇杷畑では、祭のときに立てる幡を新調したということで、もち投げを行いました。子供たちがいっぱいひろっていましたが、わたくしもひとつキャッチすることができました。

 続く権現前では、熊野大権現のお堂をお神輿がまわります。子供たちがアイスの接待を受けているところを、お神輿が鳥居をくぐって一回りしました。そこから、大村の部落へと入ってゆき、東浪見駅前の通りを通ります。大村では、集会所でお昼を頂くことになります。ここでは、「にんにくそうめん」というそうめんが供されます。これは、おそうめんに、大量のすりおろしたにんにくを入れて食べるものです。パンチがあって、大変おいしいものです。にんにくですから、ちょっと口がべたつく感じになりますが、お祭りですから、皆さん気にしません。わたくしは、本来ならばおなか一杯頂くところですが、前夜のお酒が残っていたので、控えめに頂きました。

 大村から出発すると、今度は岩切です。岩切では、皆さんはあざやかな青色の法被をそろって着ておられました。役場の小関産業観光課長が、一所懸命担いでおりました。わたくしとほぼ同年齢ですから、大変ではないかと思いますが、疲れを見せずに頑張っておりました。岩切では、東日総業さんの駐車場のところがお祭り用に仕立てられて、にぎやかに皆様集まっておられました。ここで休んで、かき氷の接待を頂きましたが、おみこしはさらに軍荼利さまのふもとまでいって戻ってくることとなっています。

 その次は矢畑です。矢畑は、戸数が少ないのですが、すべて集落の皆さんで担ぐから、援軍はいらないよ、と仰っておられました。そこで、輿夫の皆さんは、先の稲荷塚の集会所の方へ行ってしまいました。わたくしは、お神輿に随行しましたが、矢畑の部落は、凶事が続いたということで、歌の声も控えめで、静かなお神輿の渡御となりました。

 次は稲荷塚です。稲荷塚は、集会所でバーベキューが行われることとなっているそうですが、我々がお神輿と到着したときには、すでに終盤に差し掛かっていました。稲花さんのおひざ元ですので、日本酒の振る舞いが豪華でありました。金龍稲花大吟醸がふるまわれていました。

 その次は、原です。わたくしは途中まで担いだあと、一足早く上の原集会所へいって皆さんとお話をしました。接待のコハダの「なます」が素敵でした。原では、小関國男さんをはじめ、主だった方が集まって、お神輿を囲んで木遣りを歌う一幕がありましたが、これがなかなか迫力があって素晴らしく感じました。原には、田中さんという女性の木遣りの歌い手もおられます。ある若い方が、祭りの取材ということで見えていたのですが、その方のお話では、祭りのときの女性の歌い手は県下でも少ない、ということでした。この方は、会社勤めの傍ら、県下の祭りの習俗の取材をしているのだそうです。今回のお祭りの情景も、You Tubeに挙げて、広く世界中の方々に紹介してほしいものです。

 最後は新熊です。新熊集落では、集会所まで、わたくしもお神輿を担いで走りました。肩を合わせて担ぐと、後ろ4人で重いおみこしでも意外に大丈夫です。集会所のところでは、氷の接待を頂きましたが、観光いちご組合のいちごシロップがあり、練乳と一緒に氷にかけて頂く形になっていました。この地区ならでは、ということで美味しく頂きました。

 その後、宮入りです。ここも、宮出しと同じく輿夫の方が担ぐことになっているそうなので、わたくしは随行に留めました。最後、鳥居をくぐってお宮に到着すると、終了ということになりました。

 一昨年は、宮入まではご一緒できなかったのですが、今回は最後まで随行できて、大変嬉しく存じました。個人的に、大きな充実感と、快い疲労感を感じた一日となりました。ただ、ひとつだけ悔いることがあります。日焼け止めクリームを塗ってゆかなかったので、顔と首が日焼けでひどいことになりました。次回は気をつけようと思います。