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一宮町の文化

一宮のことば

いつも使っている言葉の中には、その地方独特の言葉や言い方があるかもしれません。これを「方言」と呼んでいますが、この地域の特徴として例えばこんな例があります。
「なん(何)で」→「アンデ」 「どうした」→「アジット」
「痛い」→「イテェ」 「押す」→「オッペス」 「疲れた」→「コェー」
「幾つ」→「ユーツ」 「怒る」→「オダス」
「~エ」と語尾を伸ばしたり、「~ダッペ」という千葉県でよく聞く語尾をつける言葉が多くみられます。

一宮の名物

 

明治時代に綱田で梨の苗木を植えたことから、一宮では梨栽培が広まり、昭和の初め頃には綱田の梨が献上梨となったこともありました。現在は本給、内宿地区でも栽培され、梨畑も町の風景として定着しています。
献上シジミ 昔は泳ぐこともできた一宮川。今ではその影もありませんが、江戸時代には毎年将軍にシジミを献上していたので「献上シジミ」の名がありました。味もよく大きいシジミは大正時代まで献上されました。
九十九里せんべい かつて一宮が別荘地として賑わっていた頃、志田鉀太郎博士などが中心となって町の菓子店に作らせたもので、お煎餅の表側には画家の梶田半古の「一宮八景」と漢学者の安積艮斉の漢詩が描かれていました。手土産として重宝されています。
トマト 今では一宮の名物としてすっかり定着したトマト。大正時代一宮に滞在した芥川龍之介も好んで食べていたようですが、その形からトマトのことを「赤茄子」と呼んでいたそうです。

 

今朝の花火はどこのマチ(祭)?

一宮町には大小さまざまな寺社たくさんがありますが、特に一宮城の周辺(現在の一宮小付近)には守護神として神社やお寺が数多く配置されました。また合併する前は独立した村だった地域には、信仰の対象として神社やお寺は欠かせませんでした。町内ではそれぞれの地域で、今でも季節ごとに昔からのお祭が伝えられ賑やかに行なわれています。


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文人の訪れた町

一宮には昔から数多くの文人たちが立ち寄りました。中でも大正3年と5年の2回にわたって期滞在した芥川龍之介は、一宮での思い出が執筆活動や人生の節目にも関係があり、小説の中にも登場しています。龍之介の滞在した旅館の離れは「芥川荘」と名付けられ、今でも当時の趣きのまま大切に保存されています(詳細は一宮町の文化財・登録文化財を参照)。他にも夏目漱石や林芙美子、久米正雄、尾崎紅葉などが房総旅行の際に一宮を訪れています。

耳で聴く一宮

江戸時代、九十九里沿岸では地曳網を使ったイワシ漁が盛んになり、その中で労働歌や大漁祝い歌が歌われました。「東浪見甚句」は江戸時代から伝わる民謡の一つとして大漁祝いの席で歌われ、海や漁の様子、東浪見の風景などが歌詞になっています。
また東浪見に疎開していた詩人、白鳥省吾の作詞によって「一宮音頭」が作られました。昭和24年頃に婦人会を中心にして作られたこの曲の歌詞には、一宮の海やお祭、古い行事などが出てきます。